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神戸地方裁判所 平成6年(行ウ)13号 判決 1995年12月25日

原告

坂口透

外六名

右原告ら訴訟代理人弁護士

吉田竜一

竹嶋健治

前田正次郎

被告

戸谷松司

右訴訟代理人弁護士

岡野良治

被告参加人

姫路市長

堀川和洋

右訴訟代理人弁護士

髙谷昌弘

主文

一  原告らの請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

被告は、姫路市に対し、一五〇〇万円及びこれに対する平成六年三月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  本件は、姫路市が同市立小・中・養護学校の教職員の互助会である姫路市教職員厚生協会(以下「厚生協会」という。)に平成四年及び同五年に交付金等を支出したこと(以下「本件公金支出」という。)について、厚生協会が姫路市教職員組合(以下「姫教組」という。)に加入しない者に対して差別的な取扱いをしているなどの理由で、本件公金支出は違法であるとして、姫路市の住民であるとともに右教職員であって厚生協会に加入していない原告らが、姫路市に代位して、当時の姫路市長であった被告に対し、右公金相当額の損害賠償を求めた住民訴訟に関する事案である。

二  争いのない事実

1  原告らは、いずれも姫路市の住民であり、姫路市立の小・中・養護学校の教職員である。

2  被告は、本件公金支出当時、姫路市長として、一般会計年度に計上された厚生協会出資金、同交付金の支出を命ずる権限を有していた者である。

3  厚生協会は、昭和三二年四月一日、姫路市立小・中・養護学校の教職員等の相互共済と福利厚生を目的とする互助会として発足した。

4  昭和四五年六月ころ、厚生協会は、同会規約を改正して、姫教組の組合員でない者は厚生協会に加入できないと定めた。

5  平成二年四月ころ、姫路教職員組合(以下「全教姫路」という。)が結成され、原告らを含む者が姫教組を脱退し、その内の多くの者が全教姫路に加入した。

6  平成五年二月ころ、厚生協会は、同会規約を改正して姫教組の組合員でない者にも加入資格を認めたが、他方、加入の意思のある者は未加入期間の会費相当分の金額を納入しなければならないと決定した。

7  姫路市は、平成四年度の一般会計予算として、厚生協会出資金及び同交付金各四〇〇万円を計上し、平成五年二月一五日に厚生協会に交付した。

8  姫路市は、平成五年度の一般会計予算として、厚生協会出資金三〇〇万円、同交付金四〇〇万円を計上し、平成五年八月三一日に厚生協会に交付した。

9  原告らは、姫路市監査委員に対し、同年一二月一〇日、本件公金支出について監査請求を行ったが、右委員は、原告らに対し、平成六年二月七日付けの書面で監査請求を棄却する旨の通知をした。

三  争点

1  本件訴えは監査請求を経ているか。

2  本件公金支出について地方公務員法の適用があるか。

3  本件公金支出は、憲法一四条、一九条、二八条、地方公務員法一三条、四一条、地方自治法二三二条の二に違反しているか。

第三  争点に対する判断

一  争点1について

1  被告及び参加人の主張

本訴請求は、監査請求を経ておらず、不適法である。

(一) 平成五年度予算分について、原告らは、監査請求では厚生協会出資金及び同交付金の支出の差止めを求めたが、既にこれらは支出済みであり、請求が退けられるのは当然である。しかるに、本件訴えでは、支出済みの金員の返還を求めている。

(二) 原告らは、監査請求では、厚生協会に対して公金の返還を求めたのに対し、本件訴訟では、被告に対して公金の返還を求めている。

2  原告らの主張

本訴請求は、監査請求を経ており、適法である。

(一) 平成五年度予算分について、公金支出の差止めを求めた監査請求と、既に支出された公金支出の補填を求める本件訴えとは、請求の同一性がある。

(二) 本件監査請求は、姫路市長に対して金員の返還を求めたものであり、厚生協会に対し公金の返還を求めたものではない。したがって、監査請求と本件訴えの内容は同一である。

3  当裁判所の判断

(一) 甲第一号証によれば、原告らがした監査請求の内容は、平成四年度に支出された厚生協会出資金及び同交付金の姫路市への返還並びに平成五年度予算に計上されている同出資金及び同交付金の支出差止めを請求するものであると認められる。

地方自治法二四二条の二第一項は、「前条第一項の規定による請求をした場合において、同条第三項の規定による監査委員の監査の結果(中略)に不服があるとき(中略)は、裁判所に対し、同条第一項の請求に係る違法な行為(中略)につき、訴えをもって次の各号に掲げる請求をすることができる。」と規定しているから、普通地方公共団体の住民が特定の公金支出を違法な行為としてその差止めを求めて監査請求をした以上、請求者は、右監査請求において当該違法な行為である公金の支出により当該地方公共団体が被った損害を補填するために必要な措置を講ずべきことを請求していなくとも、当該公金の支出を違法な行為としてとらえ、同法二四二条の二第一項四号の損害賠償を求める訴えを提起することを妨げないというべきである。

そして、このことは、公金支出の差止めの監査請求をした時に既に右公金が支出されていたことを理由に監査請求が棄却された場合であっても何ら変わりはない上、甲第一号証によれば、本件監査請求を棄却した理由の一つとして、平成五年度予算による支出を適法としたことも認められる。

(二) また、甲第一号証によれば、本件監査請求の請求の趣旨は、本件公金の姫路市への返還又は支出差止めを、姫路市長に勧告するように求めたものであることが認められるから、原告らが本件監査請求において対象にした者は姫路市長であり、厚生協会ではないというべきである。

(三) 以上によれば、本件訴えは監査請求を経ているというべきである。

二  争点2について

1  原告らの主張

地方公務員法四二条は、地方公共団体に対する厚生制度の実施義務を規定しており、同条にいう厚生制度の実施義務者は任命権者であり、都道府県が給与等を負担する県費負担教職員の任命権者は、市町村教育委員会ではなく、都道府県教育委員会であるとされている。

しかし、市町村教育委員会は教職員に対する服務監督権限を有しており、任命権者と服務監督権限者が異なる場合にまで、厚生制度の実施義務者が任命権者のみであるということはできない。

また、県費負担教職員の人事管理について、都道府県教育委員会と市町村教育委員会は互いに協力しあう関係にあること、県費負担教職員に対する実質的な使用者は市町村教育委員会であること、市町村教育委員会が都道府県教育委員会の行う福利厚生制度を補完する機能を有していることからみて、市町村教育委員会は、県費負担教職員に対する厚生福利制度について無関係ではなく、これを実施する権利を有しているのであり、これを実施する場合には地方公務員法の規定に従わなければならないというべきである。

本件のように、県費負担教職員が結成する互助会に給付を行い、これを助成することも地方公共団体が実施する厚生制度といえるから、本件公金支出には地方公務員法が適用されるというべきである。

2  被告及び参加人の主張

地方公務員法四二条は、任命権者に対して義務を課した規定である。しかるに、厚生協会の構成員は兵庫県教育委員会から任命された者であり、その給与は兵庫県の歳出予算から支出されているから、同条の厚生制度の実施義務者は姫路市ではなく兵庫県である。また、姫路市には兵庫県のなす福利厚生を補完すべき義務もない。

厚生協会は、同条に基づく厚生制度を実施するために設立されたのではなく、互助会として任意に結成された団体である。

したがって、本件公金支出は、地方公務員法四二条に基づくものではないから、同法四一条の適用を受けず、右条文の適用を前提とする同法一三条も適用されない。

3  当裁判所の判断

(一) 地方公務員法一三条は、「すべて国民は、この法律の適用について、平等に取り扱われなければならず、人種、信条、性別、社会的身分若しくは門地によって、(中略)差別されてはならない。」、四一条は、「職員の福祉及び利益の保護は、適切であり、且つ、公正でなければならない。」、四二条は、「地方公共団体は、職員の保健、元気回復その他厚生に関する事項について計画を樹立し、これを実施しなければならない。」とそれぞれ規定する。

そもそも、地方公務員法の直接の目的は、地方公務員の人事機関に関する規定を定めるとともに、職員の身分取扱いに関する根本基準を確立すること(一条)であり、職員の身分取扱いは、法律に特別の定めがある場合を除いて、任命権者の権限である(六条一項)から、地方公務員法は、原則として、任命権者とその職員との関係において適用されるというべきである。

市町村立学校職員給与負担法一条によれば、市立小・中・養護学校の教職員の給与等は都道府県の負担(以下、この職員を「県費負担教職員」という。)とされており、地方教育行政の組織及び運営に関する法律(以下「地教行法」という。)三七条一項は、県費負担教職員の任命権者が都道府県教育委員会であると規定していることからみて、市立小・中・養護学校の教職員の任命権者は都道府県教育委員会であると解される。

したがって、兵庫県の県費負担教職員については、原則として、兵庫県教育委員会が属する地方公共団体である兵庫県との関係において、地方公務員法が適用されるのであるから、姫路市が県費負担教職員により構成された厚生協会に対してした本件公金支出について、地方公務員法を直接に適用することはできない。

(二)(1) しかし、学校教育法五条は、学校の設置者が、その設置する学校を管理し、原則としてその経費を負担するものと規定していることから、県費負担教職員であっても市町村の事務を行うものであり、その意味では市町村の公務員であるといえる。

また、地教行法は、県費負担教職員の任命権を都道府県教育委員会に与え(三七条一項)、他方、これらの教職員に対する服務の監督は市町村教育委員会が行うものとし(四三条一項)、都道府県教育委員会の任命権の行使は市町村教育委員会の内申をまって行う(三八条一項)と規定している。

これらの規定の趣旨は、都道府県単位における教職員の適正配置と人事の円滑な交流を図るために、都道府県教育委員会を任命権と給与負担の主体とすることともに、他方、学校の設置主体であり、当該職員が本来その公務員たる地位を有する市町村に対し、教職員への服務監督権を留保し、人事に関して都道府県教育委員会に内申を行う権限を認めることにより、都道府県教育委員会と市町村教育委員会が相互に協力して県費負担教職員の人事管理の適正を図ることにある。

さらに、地方公務員法三九条二項は、職員の研修は任命権者が行うものと規定しているが、地教行法四五条は、右規定の例外として、市町村教育委員会も県費負担教職員の研修を行うことができると規定している。

(2) また、地方公共団体の行う福利厚生は、任命権者等が主催し、その費用を負担することが原則であるが、福利厚生はそれぞれの地方公共団体の実情に応じて実現されるべきものであるから、任命権者でない地方公共団体が本来その公務員たる地位を有する者に対して、その者が結成する互助会に対して補助金等を支出することも、福利厚生に当たるというべきである。

(3) このように、姫路市は、同市立小・中・養護学校教職員の任命権者ではないものの、これらの者の身分取扱いに関する一定の権限を持っており、本件公金支出はこれらの者に対する福利厚生に当たるといえる。

したがって、姫路市が県費負担教職員に対して地方公務員法四二条の定める厚生計画の実施義務を有するということはできないが、本件公金支出に当たっては、地方公務員に対する身分取扱いを適正に実施する目的で規定された同法一三条、四一条の規定の趣旨は十分に尊重されるべきであり、これらの規定に反することは許されないというべきである。

三  争点3について

1  原告らの主張

(一) 厚生協会の状況、性格

(1) 厚生協会は、昭和三二年四月一日、姫路市立小・中・養護学校教職員の互助会として発足したが、昭和四五年六月二日、同会規約を改正して、姫教組の組合員でない者の加入を認めないこととした。

(2) 平成二年四月ころ、組合活動のあり方を巡って姫教組内に対立が生じ、姫教組から一〇〇名前後の者が脱退し、その内原告らを含む約六〇名は新たに結成された全教姫路に加入した。これらの者は、厚生協会を脱退したのではなく、その後も厚生協会の福利厚生を受けようと考えていた。

しかし、厚生協会会費の徴収方法が、姫教組が組合員から徴収した組合費の一部を充てるものだったので、姫教組から脱退した者は、厚生協会の会費を支払うことができずに会員資格を失うことになった。

(3) 平成五年二月一日、右規約が再び改正され、姫教組の組合員でなくても厚生協会への加入が認められるようになった。

しかし、その際、厚生協会は、加入希望者に対して未加入期間中の会費相当分の納入を要求し、加入の募集期間を極めて短く限定して、加入手続を対象者に十分周知させず、また、厚生協会の会費を姫教組の組合費から徴収する方法を是正しないといった取扱いをした。そのために、姫教組を脱退した者は厚生協会も脱退した扱いを受けるという実態は変わらなかった。

(4) 厚生協会に加入できない教職員は、全体の約七パーセントにあたる一二七名ないし一四五名に及んでおり、これらの者は、①厚生協会が発行する姫路市に一つしかない教職員名簿に登載されない、②厚生協会が主催するバレーボール大会などのレクレーション行事に参加できない、③厚生協会の行う低利の貸付事業を利用できない、といった不利益を被っている。

(5) 以上によれば、厚生協会は、姫教組に所属しない教職員に対して、差別的な性格を有する団体というべきである。

(二) 姫路市の厚生協会への公金支出

姫路市は、厚生協会に対し、昭和三二年の発足当時から交付金等を支出してきたが、平成五年二月一日に厚生協会規約が改正される前から、厚生協会の差別的な性格を認識し、右規約の改正後もその性格に変化がないことを認識していた。

しかるに、姫路市は、平成五年二月一五日に平成四年度分の厚生協会出資金及び同交付金各四〇〇万円を支出し、同年八月三一日に同年度分の同出資金三〇〇万円及び同交付金四〇〇万円を支出した。

(三) 本件公金支出の違法性について

(1) 厚生協会は、本来姫路市の全教職員に福利厚生を平等に行うべきであるにもかかわらず、職員団体を異にするという憲法一四条及び地方公務員法一三条の信条に基づく事由によって、姫教組に加入しない者に対して前記(一)記載のとおり差別的な取扱いを行っている。

そして、被告は、姫路市長として、このことを認識しながら本件公金支出をしたものであり、これは、厚生協会の行う差別に地方公共団体が加担することであり、地方公共団体が間接的に個人の思想信条を侵害するものである。

したがって、本件公金支出は、憲法一四条、一九条、地方公務員法一三条、四一条に違反する。

(2) また、厚生協会の実態からみて厚生協会と姫教組は一体の組織であること、姫路市が県費負担教職員の実質的使用者であることに照らせば、本件公金支出は、使用者である姫路市が、複数ある職員団体の一つである姫教組に対してのみ便宜供与をするものであるから、使用者の中立保持義務に反し、憲法二八条に違反する。

(3) このように、本件公金支出は、公正、公平といった行政目的を阻害し、平等取扱原則に反するものであるから、公益性は認められず、地方自治法二三二条の二に違反する。

2  被告及び参加人の主張

厚生協会は、姫路市立小・中・養護学校の教職員等の大部分を構成員とし、その相互共済と福利厚生を図ることを目的としている。そこで、姫路市は、厚生協会に対し、教職員の資質・意欲の向上等により教育職員の公務能率の維持・増進、ひいては、市の教育行政の振興・発展を図るために出資金を支出し、公演・音楽会等やスポーツ大会等への補助として交付金を支出した。

また、本件公金支出は、特定の職員団体の組合員でない者を差別するものではなく、それを意図したものでもない。

厚生協会の構成員は、姫路市立小・中・養護学校教職員で組織され、姫教組組合員以外に校長などの管理職、姫路市教育委員会の指導主事等が含まれているから、厚生協会と姫教組とは全く別の組織である。

したがって、本件公金支出は、憲法一四条、一九条、二八条、地方公務員法一三条、四一条、地方自治法二三二条の二に反しない。

3  当裁判所の判断

(一) 本件公金支出に至る経緯

前記争いのない事実及び証拠(甲二ないし一二、一七、一八、三〇、三一、三九、四〇、丙一の1、2、二、三、四の1、2、五ないし八、証人原田知曉及び同丸尾義雄の各証言、原告坂口透の本人尋問の結果)によれば、次の事実が認められる。

(1) 厚生協会は、昭和三二年四月一日、姫路市立小・中・養護学校の教職員の互助会組織として発足以降、福利厚生事業を行う任意団体として運営されてきたが、他にこれらの教職員に対して福利厚生を行う事業主体はない。

厚生協会の会費は、姫教組が各組合員から徴収する組合費の一部を厚生協会に納めるという方法で集められていた。

姫路市は、昭和三二年から厚生協会に対して交付金を支出し、昭和五四年度からはこれに加えて出資金を支出してきた。

(2) 昭和四五年六月、厚生協会規約が一部改正され、同規約三条により、職員団体である姫教組の組合員でない者(但し、ILO条約批准に伴う組合脱退者及び教育委員会・国立学校に籍を置く教職員を除く者)が厚生協会に加入できないこととされた。

(3) 平成二年四月、職員団体である全教姫路が結成され、原告らを含む一〇〇名余の者が、姫教組から脱退し、その内の多くの者が全教姫路に加入した。これらの者は、厚生協会規約により、厚生協会から脱退した者として扱われた。

(4) 平成五年二月一日、厚生協会は、規約を改正し、姫教組の組合員でない者も厚生協会に加入できるようにした。

しかし、厚生協会は、再加入の意思のある者は、未加入期間の会費相当分の金額を納付することを条件に同年三月一日までに再加入の申し出をしなければならないと決定したものの、再加入の申出期間、申出方法、未加入期間の会費額など再加入に関する事項を、原告らに対して直接明らかにしなかった。また、厚生協会の会費が姫教組の組合費から徴収されるという従来の取扱いも変わらなかった。

なお、厚生協会は、同年六月、新たな福利厚生事業を発展させる目的で厚生互助会を発足させたが、その事業内容については従来の厚生協会と変わる点は認められない。

(5) 厚生協会は、現在、姫路市立小・中・養護学校教職員約二四〇〇名のうち約九四パーセントの者が加入している。他方、平成二年四月以降に姫教組を脱退した者で、平成五年二月の規約改正後に厚生協会に再加入した者はおらず、これらの者は、厚生協会の行う福利厚生事業に参加できず、厚生協会や厚生互助会が作成した教職員名簿にも登載されていない。

(6) 姫路市は、平成四年度予算として、平成五年二月一五日に厚生協会出資金及び同交付金各四〇〇万円を交付し、平成五年度予算として、同年八月三一日に同出資金三〇〇万円及び同交付金四〇〇万円を交付した。

(7) 姫路市教育委員会は、厚生協会に対し、平成二年以降、教職員全員が加入できるように申し入れ、平成五年の規約改正後も再加入の条件について検討するように申し入れるなど、姫教組に加入していない者について適正な取扱いをするように要請している。

(二) 憲法一四条、地方公務員法一三条違反(平等原則違反)について

(1) 原告らは、本件公金支出が、姫教組に加入しない者に対する差別的な取扱いであるから、憲法一四条、地方公務員法一三条に違反する旨主張するので、検討する。

(2) 右(一)で認定した事実によれば、厚生協会は、職員団体である姫教組組合員でない者に対して、会員資格を認めなかったり、加入条件を厳しくしたりして、その加入を事実上困難にしており、姫路市教育委員会による度重なる要請によっても、その姿勢は完全には改まっていないといえる。

厚生協会は姫路市立小・中・養護学校教職員の福利厚生を目的として活動してきたこと、他にこのような活動を行う事業団体がないことに照らすと、厚生協会が任意に結成された団体であることを考慮しても、特定の職員団体に加入していないことを理由にその加入を事実上困難にすることに合理性を認めることはできず、このような厚生協会の姿勢は適切なものではない。

(3) しかし、憲法一四条、地方公務員法一三条は、事柄の性質に即応して合理的な根拠に基づくものでない限り、差別的な取扱いをすることを禁止したものである。また、地方公共団体が行う財政的援助は、住民の福祉の増進や地域社会の発展という目的から、当該地方公共団体が認めた必要性に応じて、政策的判断に基づき行われるべきものである。

そこで、地方公共団体が住民に対して財政的援助を行う場合には、その目的、これを受ける対象の内容や必要性、これを行った場合に住民に与える影響などに照らして、いかなる援助を行うかについて、合理性のある範囲でその裁量が認められていると解するのが相当であり、この裁量の範囲内であれば、憲法一四条、地方公務員法一三条に反しないというべきである。

(4) 本件についてみるに、右(一)で認定した事実及び証拠(証人原田知曉及び同丸尾義雄の各証言、原告坂口透の本人尋問の結果)によれば、全教姫路が結成される平成二年四月以前は、姫路市立小・中・養護学校の教職員のほとんどの者が厚生協会に加入しており、本件公金支出当時も九割を越える者がこれに加入していたこと、厚生協会が、右教職員の福利厚生という目的から、昭和三二年四月の設立以来、会員を対象とした公演・音楽会等といった教養事業、教職員によるスポーツ大会、囲碁大会、釣り大会といったレクレーション行事を開催し、教職員名簿を作成し、会員に対する低利の融資をしてきたこと、姫路市は、このような厚生協会の活動内容に着目して、市の教職員の資質・意欲の向上及び教育行政の振興と発展に役立つとの判断から、厚生協会の設立当初から財政的援助を行ってきたこと、姫路市から支出された交付金等が、厚生協会の収入の相当部分を占めており、その維持、運営にとって必要不可欠なものになっていることが認められる。

他方、姫教組に加入しない者が厚生協会の行う福利厚生事業に事実上参加できないという不利益な取扱いを受けてきたことは前記のとおりである。しかし、厚生協会が任意に結成、運営されている団体であること、姫路市教育委員会が厚生協会に対して姫教組に加入しない者について適切な取扱いをするように要請してきたことも併せて考慮すると、本件公金支出が、姫教組に加入しない者に対する差別を目的としたものとはいえず、また、厚生協会による右不利益な取扱いを助長、促進し、これらの者に対して圧迫、干渉を加えるものということもできない。

このように、本件公金支出は、姫路市立小・中・養護学校の教職員の資質・意欲の向上及び教育行政の振興と発展という国民の教育を受ける権利にもつながる公益目的からその必要に応じてなされており、本件公金支出自体が、姫教組に加入しない者に対する差別に当たるとまではいえないのであるから、本件公金支出は合理的なものであり、その支出につき姫路市に裁量の逸脱、濫用を認めることはできない。

(5)  したがって、本件公金支出は憲法一四条、地方公務員法一三条に違反しない。

(三) 憲法一九条違反について

右(一)(二)で認定した事実を考慮すると、本件全証拠によっても、本件公金支出が、姫教組に加入しない者やこれを脱会しようとする者に対して、何らかの行為を強要したものと認めることはできず、その思想、良心の自由を侵害するものとはいえない。

したがって、本件公金支出は憲法一九条に違反しない。

(四) 憲法二八条違反について

(1) 原告らは、厚生協会は姫教組と一体であり、姫路市が県費負担教職員の実質的使用者であることからみて、本件公金支出は、使用者である姫路市が、複数ある職員団体の一つである姫教組に対してのみ便宜供与をするものであるから、使用者の中立保持義務に反し、憲法二八条に違反すると主張する。

(2) 証拠(甲一七、一八、原告坂口透の本人尋問の結果)によれば、厚生協会の役員の大半が姫教組の執行部に属する者であること、厚生協会と姫教組の住所、電話番号が同じであること、厚生協会の会費が姫教組の組合費として徴収されていることが認められるから、厚生協会と姫教組が密接な関係にあると解される。

しかし、証拠(甲三、一七、三九、丙一の1、2、四の1、2、七、八)によれば、厚生協会は教職員の福利厚生を目的とした事業を行っており、使用者に対する経済的地位の維持・改善を目的とした姫教組とは性質が異なること、厚生協会には姫教組に加入していない校長、教頭といった管理職も加入していること、厚生協会と姫教組の会計処理は別々に行われており、本件公金は厚生協会の行う前記(二)(4)記載の事業にのみ使用されていることが認められる。

これらの事実によれば、厚生協会が姫教組と一体であると認めることはできず、本件公金支出が姫教組への便宜供与であるともいえない。

(3)  したがって、本件公金支出は憲法二八条に反しない。

(五) 地方自治法二三二条の二違反について

原告らは、本件公金支出は、憲法一四条、一九条、二八条、地方公務員法一三条に違反し、公正、公平という行政目的を阻害し、平等取扱原則に反するものであるから、裁量権の逸脱又は濫用であり、地方自治法二三二条の二に違反する旨主張する。

しかし、本件公金支出が、これらの規定に違反しないことは前記(二)ないし(四)で判示したとおりである。

そして、右規定にいう「公益上必要がある場合」かどうかは、住民全体の福祉の向上という理念に照らして、その補助の目的が正当であるか、補助が必要かつ相当なものであるかなどの事情を考慮して判断されるべきであるが、前記(一)(二)で認定した事実によれば、本件公金支出には、目的の正当性、補助の必要性、相当性が認められる。

したがって、本件公金支出は地方自治法二三二条の二に違反しない。

(六) 地方公務員法四一条違反について

原告らは、本件公金支出を違法とすることにより、全ての教職員を対象とする厚生事業を確立すべきである旨主張する。

確かに、教職員の福利厚生という目的に照らして、姫教組に加入しない者に対する厚生協会の不利益な取扱いを改めて、全教職員を対象とした厚生制度を実現させることは望ましいことではある。

しかし、地方公共団体が、教職員の互助会を自らこれを設立するか、任意に結成された互助会に財政的援助を行うかは、裁量の逸脱又は濫用がない限り、政策判断としてその裁量に任されているというべきであり、前記のとおり裁量の逸脱又は濫用を認めるべき事由はない。

したがって、本件公金支出は地方公務員法四一条に違反しない。

第四  結論

以上のとおりであって、原告らの請求は理由がないからこれを棄却することとし、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条一項本文を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官辻忠雄 裁判官下村眞美 裁判官細川二朗)

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